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2011年06月02日

原子力災害に伴う放射線被ばくに関する基本的考え方

2011年6月2日
社団法人 日本医学放射線学会

 東日本大震災において発生した原子力災害に伴う放射線被ばくに関する基本的考え方を発表するにあたり、不幸にしてお亡くなりになった方々、被災された方々に、衷心より弔意とお見舞いを申し上げます。
  今回の震災は、地震、津波に加えて、過去の震災に例を見ない、東京電力福島第一原子力発電所の事故により、近隣市町村一般住民の居住環境に放射線量の上昇 をもたらした。その後、関東に及ぶ広範な地域で、水道水、農産物、大気など生活のあらゆる場面で放射性物質が検出されるにつれて、一部市民の間には飲料水 の買い占めなどパニックに近い状況が一時的に広がった。
 日本医学放射線学会は、医療関係者への正確な情報発信と意識統一を学会の責務と考え、2011年3月27日に、日本医学会の後援を受けた緊急チャリテイ講演会*)を東京で開催した。その後、放射線防護委員会アドホック委員会を開催し、以下の基本的考え方をまとめた。
今回提示する基本的考え方が、日本医学放射線学会会員はもとより、多くの医療関係者にとって放射線防護に関する考え方の基本となることを願っている。
 
*放射線影響量と防護量
  放射線影響量とは、放射線による人体への影響を生物学的ないし疫学的な研究に基づいて科学的に解析して得られた線量である。一方、放射線防護量とは、防護 のための考え方から、基本的には社会的合意の上に定められたものである。被ばくにより何らの利益も受けない人が放射線を浴びる意味はないという観点から、 公衆の被ばく限度は、自然放射線と医療被ばくを除いた被ばく線量が年間1mSvという、自然放射線被ばくを下回るほどのきわめて小さな線量に規定されてい る。また、放射線作業者に対しては、5年間で100mSv以下、単年度は50mSvを超えないように管理することが義務づけられている。これらの、線量限 度と総称する規制値は、各種の施策を実行するための防護量であり、影響量とは区別されなければならない。

*低線量の放射線影響
放射 線はそのイオン化作用でDNAに損傷を与えるので、放射線量の増加に伴い、がんなどの確率的影響が発生する危険性も増加する。しかし100mSv以下の低 線量での増加は、広島・長崎の原爆被爆者の長期の追跡調査を持ってしても、影響を確認できない程度である(ICRP Publ. 103, 105)。原爆被爆では、線量を一度に受けたものであるが、今回は、線量を慢性的に受ける状況であり、リスクはさらに低くなる(ICRP Publ.82, 103)。そのため今回の福島の事故で予測される線量率では、今後100万人規模の前向き研究を実施したとしても、疫学上影響を検出することは難しいと考 えられている。日本人のがん死が30%に及ぶ現代においては100mSv以下の低線量の影響は実証困難な小さな影響であるといえる。

*内部被ばくと外部被ばく
  内部被ばくは吸入または経口、経皮摂取により体内に取り込まれた放射性物質からの被ばくを、外部被ばくは身体の外にある放射線源からの被ばくを指す。アル ファ線のように極めて高い生物効果ではなく、通常のガンマ線やベータ線のように同等の線質係数をもつものについては、内部被ばくであっても外部被ばくで あっても、その影響は臓器の吸収線量で決まり、内部被ばくを特別扱いする必要はない。そのため、人への放射線被ばくの影響を考慮する場合には、内部被ばく と外部被ばくを合算する。今回の福島原発災害では、現時点においては、放射性ヨウ素による内部被ばくへの寄与は小さく、外部被ばく管理を確実に実施するこ とが優先されるが、市民を対象とした種々の計測も実施されており、内部被ばくについては今後の結果に留意することが必要である。

*小児への放射線影響
  広島・長崎の原爆被爆者の調査結果などから、放射線影響による発がんの生涯リスクには被ばく時の年齢が大きく影響することが明らかとなっている。たとえ ば、白血病以外の全てのがんの相対リスクは被ばく時年齢が10歳以下の場合では、対照者の2.32倍となっている。先の項で述べたごとく、100mSv以 下の低線量における発がんリスクは、小児においても確認されてはいないが、小児の被ばくに対しては、多くの場面で特別な配慮がなされなければならない。

*原子炉作業者の被ばく
  今回のような原子炉災害に伴う緊急作業者に対しては、事前に、通常よりも充実した内容の、放射線影響に対する教育が実施されるべきである。作業者が作業の 重要性を理解し、安全に安心して作業を継続できるように、また、緊急時の線量限度(250mSv/年)に近い放射線を被ばくした場合でも過剰な不安に陥る ことがないように、メンタルな面を含む十分なケアが必要となる。なお、常に健康管理を充実させ、線量限度を超えた可能性のある緊急時には直ちに健康診断を 実施しなければならない。

*学校生活や住民生活の制限
ICRP(国際放射線防護委員会)は、災害時の公衆の線量管理について、緊急 時は20~100mSv、緊急事故後の復旧時は1~20mSvとしている(ICRP Publ. 103)。また、残留した放射性残渣によって生じる長期被ばくに関して、10mSvを下回る被ばく線量の場合に、これをさらに低減するために実施する行為 は、正当化されにくいと勧告している(ICRP Publ. 82)。いずれにしろ、長期的には1mSv以下が目標であり(ICRP Publ. 111)、できる限り早く平時の状態に戻す必要がある。学校生活や市民生活の制限に際しては、市民の感情、学校教育の実施、線量低減のための費用、生活の 制限に伴う苦痛などを総合的に考慮した判断がなされることを望む。

*医療被ばく・職業被ばくと災害による被ばくとの違い
医療被ばく は患者の健康を守るという利益を保証した上での被ばくであり、放射作業者の被ばく(職業被ばく)は、放射線利用に伴う作業という社会的利益のための被ばく である。これに対して、災害による被ばくは公衆に何らの利益ももたらさない被ばくであり、これらの3種類の被ばく量を相互に比較する意味は少ない。このた め、災害による被ばくが発生した場合は、市民の安全を考えた緊急避難や、緊急時の特別な線量管理、緊急被ばく医療体制の整備などの対応策がとられるべきで あり、考え得るリスクに対する総合的・合理的な判断に立って、健康への悪影響が発生しないように、最善の努力がなされるべきである。

*)緊急講演会の基調講演の資料として次の報告書(2004年)の参照を推奨する。
・ 丹羽太貫(主査),甲斐倫明,久住静代,佐々木正夫,佐藤文昭,柴田義貞,島田義也,清水由紀子,米澤司郎,渡邊正巳(以上専門委員),酒井一夫,笹川澄 子,佐渡敏彦(以上協力者);原子力安全委員会・放射線障害防止基本部会・低線量放射線影響分科会報告書;低線量放射線リスクの科学的基盤‐現状と課題 ‐, ,2004年3月
 http://www.nsc.go.jp/senmon/shidai/houbou/houbou001/ssiryo5_1.pdf#page=14