画像診断ナショナルデータベース実現のための研究開発

研究概要

画像診断技術の進歩やその普及は、診断や治療計画決定などを通して患者の予後改善に多大な貢献をしてきた一方で、医療安全管理や医療被ばく管理、検査の費用対効果、専門医が関与しない画像検査などに関する問題は山積しており、対応すべき課題も多いのが現状である。日本医学放射線学会は放射線医学が国民の健康と福祉の増進に寄与するために、ICT技術を利用した事業としてビッグデータや人工知能等を利用した構造改革を推進することを目的に、「Japan Safe Radiology」の概念(図1)を提唱した。これは大規模な画像情報データベースを構築し、それをもとに装置、検査の依頼および実施、診断のそれぞれのプロセスに応じた医療技術、医療安全、医療被ばく低減、医療の質の向上を目的とするものである。

図1 「Japan Safe Radiology」の概念

そこで、平成28年より日本医療研究開発機構の支援を受け、臨床研究等ICT基盤構築研究事業「画像診断ナショナルデータベース実現のための開発研究」を行っている。国内の8医療機関(九州大学病院、東京大学医学部附属病院、京都大学医学部附属病院、岡山大学病院、大阪大学病院、慶應義塾大学病院、順天堂大学医学部付属順天堂医院、国立国際医療研究センター国府台病院・本院)からDICOM画像情報とレポート情報を収集するシステム(Japan Medical Image Database: J-MID)を構築し、平成30年3月より稼働開始した。令和2年6月には新規J-MID参加施設を公募し、北海道大学病院(代表:工藤與亮)、愛媛大学医学部附属病院(代表:城戸輝仁)、徳島大学病院(代表:原田雅史)の3施設が、7月より新たに参加している(図2)。

図2 J-MID基盤システム概要図(令和4年7月現在)

稼働時から悉皆的に収集されたCT・MR検査は2022年1月時点で、画像枚数3億枚(100万件)を超えている。これらを用いて、すでにJ-MIDの各施設で30種類を超える人工知能技術開発が行われており、学会発表や論文投稿を実施しているものも多数含まれている。

日本医学放射線学会は本研究において「Japan Safe Radiology」の根幹となる大規模データベースシステムであるJ-MIDをさらに発展・拡大させ、人工知能ソフトウェア等のソフトウェアを引き続き開発していく計画である。同時に、人工知能等の開発や臨床応用を円滑に行えるようなアノテーションやレポート等の標準化、研究における倫理的課題の整理、運用方法の標準化などを進める。これらの取り組みにより、我が国の放射線診断技術の高度化や標準化がより一層進むものと期待される。

※1 令和4年7月時点での参加施設

  • 九州大学病院
  • 東京大学医学部附属病院
  • 京都大学医学部附属病院
  • 岡山大学病院
  • 大阪大学病院
  • 慶應義塾大学病院
  • 順天堂大学医学部付属順天堂医院
  • 国立国際医療研究センター国府台病院・本院
  • 北海道大学病院
  • 愛媛大学医学部附属病院
  • 徳島大学病院
  • 神戸大学医学部附属病院
  • 京都府立医科大学附属病院
  • 国立がん研究センター研究所

研究開発の目的

研究開発の目標

本研究では全国の医療機関で撮影されたCT・MR画像データや診断レポートデータに加えて、教師データ等を九州大学に設置されているセンターサーバーに収集し、全国規模の画像診断データベースを利活用して、AI等の新技術や医療安全管理・被ばく管理等を行うことのできる基盤の開発を目的としている。
その基盤を利用した研究は大きく以下の5つに分かれており、各施設が分担して研究を行っている(図3)。①医療資源の一元管理、②人工知能による画像診断支援システム開発、③レポートの一元管理、④適正使用のための手法開発及びJ-QIBA、⑤被ばく線量管理。

図3 プロジェクト実施体制(令和4年7月現在)

研究項目

(1)医療資源の一元管理

平成29年度にJ-MIDシステムの構築を行ない、平成30年3月よりSINET5経由でCT画像と診断レポートの悉皆的なデータ収集を開始し大規模なデータベースを構築した。令和2年度からはMR画像の収集を研究機関と連携して実施している。これらのデータは国立情報学研究所(NII)のクラウド基盤とも接続され、NIIとその関連する研究者にもデータは共有して、日本医学放射線学会と共同でAI技術開発に用いられている。

(2)人工知能による画像診断支援システム開発

現在J-MIDサーバーに悉皆的に収集されるデータを用いて、人工知能(AI)を活用したシステム構築、自動診断や画像診断支援、レポート作成支援を可能とするシステムの開発を目的としている。
AIを開発する際に教師データを作成する必要があるが、病変の座標情報は各施設・各課題で統一されていなかったが、J-MIDでは教師データの規格を統一するため、開発した教師データ作成ツール(エルピクセル社EIRL)を各施設に導入し、それぞれの施設で作成されたJ-MID標準規格の教師データを収集し、AI開発を実施している。現在、日本画像医療システム工業会(JIRA)等の工業会と連携して業界標準化に向けた検討も行っている。

(3)レポートの一元管理

医療画像データと対の存在である診断レポートデータは、JIRAが作成している「画像診断レポート交換手順ガイドライン」を用いてマッピングし、J-MIDセンターサーバーに送信している。AI開発に必須の教師データを作成するためにはレポートの扱いが重要であることから、画像所見レポートが教師データ作成に有効に利用できるようなシステムの開発を行っている。

(4)適正使用のための手法開発及びJ-QIBA

<適正使用のための手法開発>
画像検査依頼時に検査適応を確認する意思決定支援(Clinical Decision Support: CDS)ソフトウェアを設計・開発した。特定の臨床症状(小児の頭部外傷、成人の腰痛)をターゲットとし、ソフトウェアにストアされた画像診断ガイドラインを基に検査依頼時に適応を確認するシステムである。試運転を行った結果、特定の臨床症状に対して検査依頼時のCTやMRIなどの適応が減り、被ばく低減と医療費削除に対して一定の効果がある可能性が示唆された。搭載されているガイドラインや臨床状況を拡充し、精度向上を図っている。ただし、適正手法という観点においては不必要検査の削減も重要であるが、必要な検査の推進も必要である。

<Japan Quantitative Imaging Biomarkers Alliance:J-QIBA>
放射線画像から得られる定量値を標準化し、臨床試験や日常臨床で使用できるよう確立することを目的として、日本医学放射線学会により平成27年に組織された。J-MIDではclinical trialや多施設共同研究、AI活用のための画像の標準化の手法を開発し、定量値が装置やメーカー毎に異なることのないような、精度管理やメーカーを越えた標準化を進めるためのプラットフォーム構築を目指している。

(5)被ばく線量管理

J-MID参加施設の被ばく線量解析を実施し、診断参考レベル(DRL)と比較検討を行う。さらに、DRLのアップデートを自動的または容易に行えるようなシステムを開発し、低コストでの定期的なアップデートを可能とするような基盤を構築する。被ばく線量データの解析の際、撮影時に付加される撮影プロトコル名を用いるのが通常であるが、この情報には誤りが含まれることもあり、解析精度の低下に繋がる。AIによる画像およびレポートデータ解析により、線量データ解析の精度向上を図る。ただし、J-MIDのデータは各施設のキュレーションサーバーを通過した時点で匿名化されるが、被ばく管理に必要なRDSRの情報の一部が欠落することもあり、今後は個人情報保護を遵守した上で解析可能なデータの質を維持するような匿名化を検討する必要がある。